暴行致傷罪

ネタが何も思い浮かばないので、今回は暴行罪の話をします。「暴行」というと新聞報道なんかでは「婦女暴行」という言葉を強姦の意味で使ったり、「暴行を加え死亡させた」とかいう使い方をしますが、刑法の暴行罪における「暴行」はそういう意味ではありません。
刑法における暴行概念は
(1)人または物に向けられた有形力の行使
(2)人に向けられた有形力の行使
(3)人の身体に向けられた有形力の行使
(4)人の反抗を抑圧するに足る程度の強度が必要
とあり、(1)が騒乱罪における暴行概念、(2)が公務執行妨害罪や強要罪における暴行概念、(4)が強盗罪における暴行概念です。そして、暴行罪における暴行とは(3)の、「人の身体に向けられた有形力の行使」です。暴行罪の条文は以下。

刑法208条暴行罪
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

見ての通り、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」となっています。さてここで問題です。「暴行を加えた者が人を傷害した」場合、何罪になるでしょうか?
ここで、行為者に傷害の故意があれば話は簡単です。そのまんま傷害罪が成立するからです。怪我させるつもりで殴りつけて、その通り相手が怪我した。傷害罪成立としてなんの問題もありません。問題となるのは、傷害の故意がなく、暴行の故意しかなかった場合です。刑法は故意犯処罰の原則がありますから、傷害の故意がなければ傷害罪に問えないはずです。では傷害の故意がなく、暴行の故意で暴行を加え、傷害に至った場合、いわゆる暴行致傷については何罪になるでしょうか。
単純に考えると、過失傷害罪が成立するように思えます。傷害の故意がないので傷害罪は成立しません。傷害に至っているので暴行罪も成立しません。故に過失傷害罪のみ成立すると考えるわけです。しかしこの解釈には、大きな問題点があります。その問題点は、過失傷害罪の条文を見るとわかります。

刑法209条過失傷害罪
過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

見ての通り、法定刑は30万円以下の罰金又は科料で、しかも親告罪です。それに対して、暴行罪の法定刑は先ほど見たように2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料です。つまり、暴行を加えた場合において、怪我させた場合と怪我させなかった場合で、怪我させた場合のほうが法定刑が軽くなるという矛盾が発生するのです。
この矛盾を回避する説として
(1)傷害罪が成立するとする説(傷害罪は暴行罪の結果的加重犯でもあるとする説)
(2)暴行罪と過失傷害罪の観念的競合であるとする説
の2説があります。
(1)説は明文で規定されていない結果的加重犯を認める時点で罪刑法定主義違反の匂いがプンプンしますし、(2)説も傷害に至らなかったときと規定されている暴行罪を傷害に至ったときに適用することはできないと思います(通説判例は(1))。
私の考えとしては、実際に暴行の故意と傷害の故意を明確に区別することは困難でしょうし、法定刑のバランスからも(1)説に同意するところですが(すなわち、刑法204条傷害罪は故意犯としての傷害罪と結果的加重犯としての暴行致傷罪の複合型とみる)、やはりなんというか、気持ち悪さが残ります。この気持ちの悪さは逆の方向にもでてまして、たとえば傷害の故意で殴りつけて、でも相手が怪我しなかった場合、傷害罪には未遂犯処罰の規定がないから不可罰かといえばそうでなく、暴行罪が成立するとしています。つまり暴行罪は傷害未遂罪をカバーしているのですが、あくまで暴行罪ですから、無形的方法で傷害を与えようとして、未遂に終わった場合は不可罰になります。
そう考えると、暴行致傷については「過失傷害罪のみが成立する」としてしまって、法定刑が逆転してしまう部分については「それは立法府がなんとかする問題だ」と割り切ってしまうほうがいいのかもしれません。