梯子はうまく外せたのか?

こんなニュースがありました。

 起訴事実を否認した被告の弁護を受任しながら、検察側の証拠にすべて同意するなどの「手抜き弁護」で被告の権利を損なったとして、大阪弁護士会が竹内勤弁護士(79)を「戒告」の懲戒処分にしていたことが分かった。09年5月から新たに裁判員制度が導入され弁護技術の向上が課題となる中、司法関係者から「弁護士としてあるまじき行為」と非難する声があがっている。

結局この裁判は懲役1年6月の実刑判決となっています。被告人の言い訳に耳を貸さず実刑判決に結びつけたわけですから、光市事件弁護団を批判していた人たちの目には竹内弁護士はまさに正義の味方に映るんでしょうが、そういった人たちには残念なことに、これはもう懲戒されて当たり前です。被告人が否認しているならば、たとえそれが単なる言い逃れにしかみえなくても、弁護人はそれに沿って弁護しなければなりません。
光市事件だって同様で、被告人が殺害の故意や強姦の故意を否定している以上、それが単なる死刑を逃れたいだけの言い逃れにしかみえず被害者を侮辱する内容であったとしても、そして弁護人も内心では信じていなくても、ポーカーフェイスを貫いて被告人の主張に沿った弁護をしなければなりません。「信じられない」とか「被害者を傷つける」とかの理由で被告人の主張に沿った弁護をしなかったら、竹内弁護士と同様、懲戒処分を受けても文句は言えません。
さてその光市事件弁護団に対する橋下弁護士懲戒請求扇動問題の損害賠償請求事件が七月三日に結審しました。十月二日に判決言い渡しになります(参考:光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ - Seesaa Wiki(ウィキ))。
裁判自体は単なる損害賠償請求事件なので複雑なものはありません。懲戒事由がなく、それを知っていながら、あるいは調べたらちゃんと懲戒事由がないことがわかったのにもかかわらず、懲戒請求することは不当ですし、そのために対象弁護士に損害を与えたらそれを賠償しなければいけないのは、法律以前の物の道理というものです。
光市弁護団への懲戒請求については、テンプレートを使用したものや、それと大差ない理由が書かれたものが多いそうですが、それらがなんら懲戒事由に当たらないのは明らかです。「差し戻し控訴審で荒唐無稽な主張をし死者の尊厳を傷つけた」なんて言っても、被告人がそれを主張している以上、それに沿った主張をしない方が逆に懲戒事由になります。
この損害賠償請求訴訟の被告であり懲戒請求騒動を煽ったとされる橋下氏も弁護士ですから、そんなことは当然理解しています。なので、光市弁護団が懲戒に値するということに関して、実際に懲戒請求されている理由とは異なる別の理由を捻り出しています。まず、弁護団の主張内容については否定しません。

今回の弁護団の主張が荒唐無稽であること、あまりにもふざけた内容であること、この点については批判はしません。
(中略)
僕だって「一審・二審」の弁護人として就任したらそのような主張もするだろうし、今回のような差し戻し審の弁護人に就任したなら、まずは被告人の更正可能性を徹底的に主張した上で、きちんと被告人や国民に説明する形をとってからこのような荒唐無稽な矛盾だらけの主張を行うでしょう。だから、この緊急集会でも、弁護団の主張内容についての論争は避けました。

弁護団の主張が荒唐無稽で矛盾だらけなのは誰でもわかります。当の弁護団は職責上それを肯定するわけにはいきませんから、それに対して論争したってどうしようもありません。被告人の主張が荒唐無稽で矛盾だらけなんですから、それに沿った弁護団の主張が荒唐無稽で矛盾だらけになるのは致し方ないことです。橋下被告も弁護士ですから「僕だって〜このような荒唐無稽な矛盾だらけの主張を行う」と言わざるを得ません。で、橋下被告が懲戒事由としているのは以下の点です。

一言で言えば、説明義務違反、被害者に対して、国民に対してのね。
一審・二審で全く主張していなかった、新たな主張をなぜ差し戻し審で主張することになったのか。
第一に被害者への、そして第二に裁判制度という制度の享受者である国民への説明を怠っている。
今回新たな主張を展開することによって、判決が遅れる。
これによって一番苦痛を被るのは被害者だ。一審・二審で弁護人がきちんと主張していれば、今回のように裁判制度によって被害者が振り回され、翻弄されることはなかっただろう。一審・二審の弁護人の弁護活動が不十分だったのであれば、その点をきちんと説明した上で、今回のような主張を展開すべきだ。
一審・二審では被告人自身もその犯行態様を完全に認めており、最高裁までもその点については事実誤認は全くないとしていることについて、差し戻し審でこれまでの主張と全く異なる主張をするのであれば、なぜそのような新たな主張をすることになったのか、裁判制度に対する国民の信頼を失墜させないためにも、被害者や国民にきちんと説明する形で弁護活動をすべきだ。
その点の説明をすっ飛ばして、新たな主張を展開し、裁判制度によって被害者をいたずらに振り回し、国民に弁護士というのはこんなふざけた主張をするものなんだと印象付けた今回の弁護団の弁護活動は完全に懲戒事由にあたる、というのが僕の主張の骨子です。

この橋下被告の主張する懲戒事由なるものが実際に懲戒事由にあたるかどうか疑問ですが、それよりも問題は、この橋下被告の言う理由で懲戒請求した人は少ないということです。実際に懲戒請求した人は「荒唐無稽で矛盾だらけの主張をしたこと」自体を懲戒事由としています。それに対して橋下被告は「荒唐無稽で矛盾だらけの主張をしたこと自体は問題ないが、なぜそのような主張をするのか説明していないこと」を懲戒事由にしています。早い話が、実際に懲戒請求した人に対して梯子を外しにかかっているわけです。橋下被告自身は懲戒請求していませんから、うまく梯子を外してしまえば自身の損害賠償責任は免れます。
ただ、これに関しては当然ながら批判的な意見もあるようです。

橋下弁護士も上の緊急報告には出席しており、その後に「そういう鑑定結果があるのなら、僕もそういう弁護をするだろう」と言い始めたことはあまりにも有名です。

思いっきりずっこけました(苦笑)
橋下弁護士の主張に乗ったと言われても仕方の無い私ですが(彼がその手段を提示するまで懲戒処分請求について知りませんでしたし)しかし、一応、自分の責任で出したつもりです。
橋下弁護士の呼びかけに応じて提出した人の中には・・・コレを知ってがっかりする人は多そうですね。『なに勝手に白旗上げてんだよ!』と(苦笑)

実際に懲戒請求した人のブログで、そのブログ主自身のコメントです。
橋下被告も弁護士ですから、「荒唐無稽で矛盾だらけの主張をしたこと」自体を批判するわけにはいかないのは理解できます。そんなことしたら裁判も負けますから。しかしこのブログ主の気持ちも理解できます。梯子を架けてもらって、喜んで上ったらいきなり梯子を外されたわけですから、がっかり感もひとしおでしょう。しかも、この橋下被告の主張は、いわば自分の発言に賛同して懲戒請求した人を切り捨てて裁判に勝とうというものですから、実際に懲戒請求した人はとんだピエロです。
梯子を外せたかどうかは十月にわかります。ただ、橋下被告が「梯子を外せた」としたら、その後のことがちょっと気がかりです。懲戒請求問題の損害賠償責任が「梯子を外された人たち」に行くことがなければいいんですけど。